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【山河宗太・月刊連載】

         波乱(はらん)万丈(ばんじょう)( ) THE() 現場(げんば)監督(かんとく)


入門の巻


 真っ青な空の下、ネクタイをしめ、ヘルメットを被った一人の男。彼は両腕いっぱいに1枚の図面を広げていました。どうやら、彼はダム工事をしている現場で工事の監督をしているようです。的確な指示を部下に下すその姿には、何か力強い男らしさが漂っていました。

 場所は変わって、休日のとある家庭のリビング。ソファーには先ほどの男が、ゆったりとくつろいで座っています。薄手の青いカーディガンが彼の爽やかさをアピールしています。すると、そこに年の頃は7歳くらいでしょうか。一人の男の子が駆け寄っていくではありませんか。


「ねえ、パパのお仕事ってどんな仕事なの?」

「パパの仕事かい? それはね。『地図に残る仕事』なんだよ」


今を遡ること約20年。このテレビのCMを、じっと見つめる青年がいました。彼の目には一筋の涙が。時代に自分の足跡を残す。それを息子にたった一言の言葉で伝えている。そんな男の姿にこの青年は感動したのです。そして、このテレビのCMが、今後の彼の運命に大きく影響していくのでした。


 えっ、この青年は誰かって? あ、すいません、オイラです(汗)。もったいぶらないで早く話せ? はいはい、失礼しました。それではさっそくお話を進めさせていただきましょう!




 当時、就職活動で悩んでいたオイラにとって、このCMは衝撃的でした。自分の携わった仕事が地図に残る。これは自らが何をしたんだという“証”なのではないだろうか。某スーパーゼネコンが企業イメージアップを狙ったCMの効果は抜群でした。実情を知らないオイラは、少ない脳みそを必死に働かせ、建設業界への就職を決意したのです。


 桜の花が咲く4月。どこの会社でも、自分の将来に希望を抱いた新入社員であふれ返っていますよね。オイラもそんな彼らと何も変わらない一人でした。オイラの就職した会社は、いわゆる地元ゼネコンと呼ばれる建設会社。社員30人ばかりの中小企業というやつです。オイラを含めて同期は4名。それぞれ、新調したスーツに身を固め、緊張で顔を強張らせていました。社長より入社歓迎の挨拶をいただき、勤務する部署の発表です。オイラは施工管理を希望していたのですが、同期は全員別の部署を希望したようで、オイラ一人だけ配属先が違いました(泣)。そこは工事部と呼ばれ、現場で工事の管理をする部署なのですが、この会社では4階にあり、階段をえっちらほっちら寂しく上って行ったのでした。


“コンコン”


 緊張しながらドアをノックしました。すると中から低くて野太い声がするのです。


「おう、開いているぞ」


 恐る恐る中に入るオイラ。しかし空気に飲まれてはいけません! 最初が肝心ですからね。オイラは大きな声で挨拶をしました。


「失礼します! 私、本日入社しました山河と申します。右も左もわかりませんが、やる気だけは誰にも負けません。先輩方のご指導の下、1日も早く一人前になれるよう頑張りますのでよろしくお願いします!」


 現場での施工管理。海千山千の職人さんたちを動かす、会社の中でも精鋭の実働部隊です。気合の入ったところを見せなければならないじゃないですか。すると入り口のそばに座っていた髭面の強面のオジサマから意外な返事が返ってきました。


「よう、新人。何だ、お前のその格好は?」


 はい? ええと、オイラは今、皆様に敬意を表しましてまずはご挨拶を、と……。


「いつまで突っ立てるんだ。だいたい何だ、七五三じゃあるまいし。ここはな。現場を管理する部署なんだよ。スーツ着たお洒落さんの来るところじゃねーんだ。さっさと2階で作業着と安全靴をもらってこい!」


 まずは歓迎されると思っていたのでビックリです!


(⌒▽⌒;) オッドロキー


 とりあえず、あの強面のオジサマにこれ以上怒鳴られるのは勘弁願いたいということで、ダッシュで2階の総務部へ下りました。


「すいません。本日、工事部に配属された山河です。配属先の工事部がある4階に行きましたら、2階の総務部で作業着と安全靴を受け取るように言われました。こちらでよろしいでしょうか?」


 額にうっすら汗を浮かべるオイラを、総務部長という名札をつけた初老の紳士はチラッと見て言いました。


「会社、辞めるなよ?」


 はい? オイラは今日、入社したばかりなんですが……。なぜ、そんなオイラに会社を辞める話などするのでございましょうか。不安が頭の中で渦巻いていきます。確か、CMの中では、格好いい現場監督が……。そんなことを思いながら、サイズ合わせをしていると、総務の電話が鳴りました。受話器を取った総務部長さん、無言でオイラに渡すんです。


「こらっ! 新人! いつまで作業着を取りに行ってるんだ! さっさと戻ってこねーか!」


 受話器の向こうからは、さっきの鬼瓦権三みたいなオジサマの罵声が“鼓膜よ、破れてしまえ”と言わんばかりに聞こえるではないですか。サイズ合わせもそこそこに、オイラはダッシュで4階へと戻りました。


 工事部に戻ると、そこには現場に向かった社員を除く4名の監督が残っていました。




先ほどの強面で髭オヤジは工事部長のKさん。頭にバンダナを巻き、ランニングでなぜかギターを弾いているマッチョ系なのは10年先輩のTさん。咥えタバコに貧乏ゆすり、肩にフケが溜まったままドラフターで図面を描いている定年間近の小柄なOさん。エロ本まがいの雑誌を読み、薄く青色がかったサングラスをかけ、河童のようなハゲ頭のSさん。いずれも会社員のいでたちではありません(汗)。


“ビックリハウスか、ここは……”


 オイラがそう思ったのも無理はないと思いませんか? ヤクザまがいの工事部長にガタイのいいスナフキンみたいなバンダナ野郎、不潔な爺さんにエロ河童。あのCMはいったい何だったのでしょう。

割れたガラスのように、オイラの中にある“未来への希望”という思いは、無残にも崩れていったのです。


「ここがお前のロッカーだ。大事に使えよな」

 

Kさんに教えられたロッカーを開けると、そこにはグジャグジャに丸まったスポーツ新聞と、誰が着たのかわからないシワクチャな作業着の山。


「部長……。ロッカーに入っているのはゴミですかね? 捨てても宜しいんですか?」


 入社した初日です。たとえゴミのようなものでも、勝手に捨てるのはマズイのかと思い、聞いてみることにしたのですが……。


「お前もわかんねー野郎だな! 今日からそこがお前のロッカーなんだよ。自分で決めやがれ! それからいつまで七五三みたいな格好してるんだ。現場行くからさっさと着替えろ!」


 いきなり現場っすか!? 普通、会社って新人研修とか、会社案内みたいなことってあるんじゃないんですか〜(汗)。これ以上怒らせたら、本当に首でも絞められそうな勢いです……。

あたふたとスーツを脱ぎ、サイズの合わないツンツルテンの作業着を着たオイラは、さっさと部屋を出る部長の後を追いかけたのでした。



 

1階に下りると、すでにK部長はライトバンの中。咥えタバコでオイラを待っています。あわてて助手席に座ると、ジロっとオイラを見て言うではありませんか。


「最近の若い奴っていうのは、上司に運転させて平気なんだな、おい」


 ちょ、ちょっと待ってください。そりゃ、オイラだって大学時代は体育会系でしたから、上下関係の厳しさは重々承知しております。しかし、何もかもが初日の今日、ついてこいといきなり言われ、先に運転席に座られたら、オイラとしては助手席に座るしかないんじゃないでしょうか……。もちろん、口には出しませんよ。何て返事をしたかって?


「気がきかず、申し訳ございません……」


 オイラのお詫びを聞いているのかいないのか、タイヤから白煙を上げそうな勢いで急発進したライトバンは、都会の車の群れへと紛れ込んだのでした。


“いったいどこの現場に向かうのだろう”


 そう思ったオイラは、ラジオから流れる演歌にあわせて鼻歌を歌うK部長に聞いてみました。


「部長、今日の現場はどこにあるんでしょうか」

「ふんふん♪」

「現場で最初にすることって、いったいどんなことなんでしょう」

「ふふん、ふふん♪」

「ぶ、部長?」

「うるさいな! 俺は歌に聞き惚れているんだ。少し黙っていろ。お前にはサブちゃんの良さってもんがわかんねーのかよ!」

「は、はい! すいません(汗)」


 こんな具合で、何も情報を得ることなく、約30分のドライブ中、以後、オイラが無言だったのは言うまでもありません……。


 やがてライトバンは、“○○区特別老人養護施設新築工事”という看板の掲げられた現場へと入っていきました。現場とはいっても、建物はほぼ完成しており、いったいここで何をするのでしょうか。職人さんの姿など、どこにもありません。車から降りたオイラに、部長はどこからともなく竹ぼうきを持ってきて渡しました。


「部長、どこか掃き掃除でもするんですか?」


 オイラは恐る恐る聞いてみました。すると部長は舌打ちしながら答えたのでした。


「一々説明しなきゃなんねーのかよ。学校じゃ何を教えてるんだ? 目の前のインターロッキングの目地に、砂を詰めるんだよ。さっさとやれ!」


 確かに建物の前面には、縦10m、横50メートルほどに渡って、インターロッキングが敷き詰められているのですが、物凄く広いっていうことは皆さんにもおわかりですよね。


 

ご存知ない方もいると思いますので簡単に説明を。インターロッキングとは舗装用のコンクリートブロックのことです。よく、歩道などにレンガのような形状のものが敷き詰められていますよね。そのインターロッキングが眼前に約500平方メートル。その目地に砂を詰めろと部長は言うのでした。その砂というのも、現場の端に無造作に山積みされており、それを使えというのです。


「しかし、部長……。この広い場所、全体の目地にオイラ一人で砂を詰めるんですか? それに砂はいったいどうやって運べばいいのでしょうか……」


 ふと砂山を見ると、そこには荷運び用の一輪車(通称、ネコと呼ばれております)が1台、平たいスコップ(通称、角スコ。砂や泥をかき出すのに適しています。また、先が尖っている掘削用のものを剣スコと呼びます)転がっているだけ。まさか……。


「角スコとネコがあれば運べるだろ。夕方までに終わらせておけ。昼飯はどっかそこらで勝手に食えばいい。夕方、また迎えに来るからな」


Σ(^^;)えええええ〜!


“図面広げて、職人さんたちを指揮するのが仕事じゃないんですか、部長……”


 K部長はニヤリと笑い、一人でライトバンに乗ると、足早に現場を去っていったのでした……。



 残されたオイラの頭の中では、先ほどの演歌がコダマしています。


“奥歯〜かみしめ男が耐える〜……”


 この現場に来る途中、ラジオでかかっていたサブちゃんの“舵”。まさか、K部長は、オイラに現場監督心得を教えようとして、わざわざこんな選曲を? だって絶対誰も知らないよ、この曲……。



そんなわけないじゃないか!!

ただの偶然だよ、偶然!!

奴の行動見てりゃわかるだろうが!!


頼むよ、サブちゃん……。こんなタイムリーな曲、ラジオで流さないで頂戴……。

こうして、波乱万丈、オイラの現場監督人生はスタートしたのでした……。




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